「ねえワタナベさん、京都ってのも面妖なところじゃありませんか。いろいろな歴史的コンテクストが累積して、反応しあってぐじゅぐじゅになってるんです。ワタナベさんは思いませんか? 我々は一体なんちゅうところに住んでるのかって」
「ビートルズによれば、人類はみなイエロー・サブマリンに住んでいます」
「そうですね。それもひとつの仮説でしょう。しかし」と彼は言った。
「我々はぐじゅぐじゅの漬物樽のなかに住んでいるのかもしれません。我々は生暖かいぬか床で、ゆっくりと時間をかけて腐敗しながらたくあんになっていくんです」
彼はぶぶ漬けをすすり、食べ終えてから話を続けた。
「ねえ、私はときどきこう思うんです。この街の全貌を把握することは永遠に不可能なんだって。一向に核心に到達する気がしない」
「カフカの『城』を読んだことはありますか?」
「いえ」
「読むといいです。僕は少なくとも3回は読みました。そのたびに発見がある」
もちろん口からでまかせだった。京都の全貌を把握する? 僕はそんなことには興味を持てそうになかった。それは彼の問題であって、彼が好きに考えればいい。僕の知ったことではない。
僕はサミュエル・アダムズで八つ橋を流し込んだ。